「やせる」ということをキーワードに専門書を見ると多くは脳について語られる。食べるという意思決定に関わるので当然といえば当然だけど、まだまだ一般的ではない。これはダイエットに限った話ではない。だからこそ我々は、日常生活に神経科学の知見を落とし込む役割を担えればと思い活動をしてきたのだが、それらが自分達でも驚くほど有効だった。興味を持っていただいた方々のおかげで、これらの活動を始める前に想定していた通りかそれ以上の変化を起こしてこれたと思う。もちろん想定していたことと、変化を目の当たりにするのとでは全く違い、人間の可能性にとても感動することも多かった。各個人の物語や、日々のディティールに触れることで、論文、本、インターネットの向こうの物語よりも、格段にリアルであり、「人は変わる」という確信はどんどん深まっていった。その中で、人が求める変化を手に入れるために特に重要だと思うところを記そうと思う。同時に、「変わりたい」という願望を叶えるためのメカニズムを探究する分野とも言える神経科学がダイエットに(特にリバウンドしないダイエットを実現することに)おいても大きく役に立つ理由を実感してもらえたらと思う。
神経科学はその名の通り生物の神経系を研究する学問だ。人もその対象であり、とりわけ脳は神経細胞のかたまりであるため、脳神経科学とも言われる。これが世間では脳科学と言われたりする。神経科学は「心の物理学」と言われることもある。たとえば人が緊張したり、喜んだり、恋心を抱いたりしている時に脳では何が起きているのかがわかるようになってきている。凶悪犯罪を起こした人の脳が一般人とどのように違うのかを研究している研究者もいる。心という、直感的には実態のなさそうなものの仕組みがわかってきているということだ。そのため、心理学者やカウンセラーなどが神経科学に対する理解を深めることの重要性が以前よりも増してきている。また、その研究対象は多岐に渡る。神経科学の知見が応用されていない分野は今や極めて少ないのではと思う。しかし、様々なサービスなどに神経科学的な知見が応用されていたとしても、そのことにユーザー側が気づくことは少ないかもしれない。例えば、スートフォンは人の脳の注意力を引きつけるようにうまく細工されている。スマートフォンの中に収まっているアプリもそうである。そのため人間の脳はスマホに時間を奪われ続ける。スマホ依存症とは、意図的に作られた症状とも言える。1日の大半の時間を、小さな画面を眺め続ける人間のその様子は、他の動物たちからするととても奇妙かもしれない。その他、教育サービスや企業のマーケティング、アスリートへの指導やパフォーマンスの向上など、神経科学の知見は生活の多種多様な領域で応用されている。
ダイエットの話に戻す。まずはなぜ神経科学という聞きなれない学問を、ダイエットに応用するに至ったのか。私が神経科学に興味を持ったのは、一つのことを探求し続けている人と、そうでない人とでは何が違うを考えていた時だった。その時に集中力のがどのように生まれ、維持されるのかを知った。それを知った瞬間はとても興奮したのを今でも覚えている。ワクワクした。「こんなにも集中力や感情の仕組みが説明可能なのか!」と思った。それであれば嬉しいとは?楽しいとは?悲しいとは?もっと言えば「幸せ」とは?これらの正体がわかるのではないかと思った。ことはそう単純ではないが、そこからいろんな本や論文に目を通す中で、理解が増えていった。それと同時に、なぜ世界中の多くの人が幸せでありたいと願っているにもかかわらず、幸せの正体は学校で教えてもらえないのかと疑問に思った。そこから紆余曲折あり、実際の教育現場で「脳の仕組みを理解することでどれくらい人は主体的になれるか?」という趣旨の共同研究を実施するに至った。簡単に言うと「生徒がなりたい自分の状態を自分で理解し、自ら考えて行動を選択できるようにすること」が目的だった。この研究は海外の研究者たちによって数年前から実施されてきたものを参考にした。ちなみにそれらの過去の研究では脳の仕組みを学んだ子どもたちの成績が、そうでない子どもたちの成績を追い抜いていく現象が起こっていた。この研究を行った研究者であるスタンフォード大学のキャロル・ドウェック氏は「様々な能力が開発・育成できるものだとわかった以上、真に成長可能な場に生きることが全ての子どもたちの基本的人権だ」と発言されていた。今では国連やOECDが、この神経科学の知見を応用したカリキュラムを推奨している。そして、進学校と言われる学校に通う生徒たちにとっては学力や偏差値や志望校は重要である。もちろん成長と言うと学業が全てではないが、「生徒がなりたい自分の状態に自分を導けるようにすること」が目的とお伝えした通りになった。NudeBrainが行った共同研究に参加した生徒140人の偏差値がおよそ4ポイント伸びた。これは志望校の大学を1ランク挙げられるような変化だ。ちなみにこの共同研究で私たちは生徒に勉強は一切教えていない。伝えたのは「脳の仕組み」だ。彼らがその内容を自分の目的に利用したことで、偏差値が上昇したと考えている。
その傍ら、個人向けのコーチングやカウンセリングも実施ていた中で、「自分の求める変化を自覚し、その状態に近づいていく」ことを実現する人が増えた。ここまでお伝えするとダイエットに有効な理由はなんとなくお分かりいただけるのではないかと思う。そしてダイエットに応用するに至った理由としては、NudeBrainの目的に共感し、各プロジェクトに協力してくれていたスタッフが20kgのダイエットに成功したことが大きかった。体重を落とす仕組みだけを人に当てはめてもうまくいかない。それは効率の良い勉強方法を知っても万人の学力が伸びる訳ではないことと似ている。その共通点は「続けられるかどうか」である。それを解決するために、幸いこれまでの活動で積み重ねてきた経験と知識がとても役に立った。「やりたい、やらなきゃ」という気持ちをいかに本人の意志で持ち続けるか。そしてそのように暮らす日々が「努力ではなく」、「当たり前」に変わっていくことが必要になる。健康的な人の生活は本人にとっては当たり前である。その考えに至ること。日々の食事に対する理解や、食事の際に生まれる感情が変わっていくということ。考えや、特定の何かに対する感情が変わること。これが記憶の変化、すなわち脳の変化である。しかし、これも直感的には理解しづらいという声も少なくない。そもそも脳が常に変化していることが、理解しがたい。もちろん多くの人は脳の変化に興味がない。それより重要なのは体重計の数字、鏡に映る自分の体の形、人からの視線の変化だと思う。しかし、声を大にして言いたい。リバウンドしないダイエット成功の鍵は、「脳は変化する」というこの直感的に理解しづらい事実を理解することだ。
「私は変われない」は大きな勘違い。これを腑に落とすことがリバウンドしないダイエットを実現する上で最も大切なことの一つ。正しい理解は、私たち人間は「変わらずにはいられない」だ。Mr.Childrenの「進化論」という曲の歌詞に「変わらないことがあるとすれば 皆 変わっていくってことじゃないかな?」というフレーズがあるが、全くその通りだと思う。10年前と全く同じ日々を繰り返している人いない。人の行動は環境が変われば変わる。環境とは脳以外の全て。体調が変われば気分が変わる。職場が変われば、通勤経路を数日で覚え、新たな人間関係も作る。もちろん新しい仕事や、その勤務先特有のルールや文化も覚える。こんなにも簡単に人は変わっていく。これらは全て新しい記憶を作っている作業であり、細胞・分子レベルのスケールで表すと、神経細胞(脳を構成する細胞であり、記憶をそのもの)のつながりや、形態の変化である。これが常に脳内では起きている。昨日食べたものを覚えているのはこの変化が脳内で生じているからである。この文章を読んでもらっている今もまさに、視覚で捉えた線を脳が文字として解釈し、そこに感情を関わる分子などが影響し、脳は記憶を新たにしている。すなわち生きてい間、絶えず脳は変化する。だから習慣は変わる。重要なのはこれを理解したのち、どうすれば無理なく新たな習慣に自分の脳を慣らし、当たり前の記憶に変えていくかである。これらを理解することで、体重を落とした後も、その生活を当たり前と捉えるようになっていく。そうのようになった本人は「全部変わった」と表現していた。変わらないと思っていたものを変えることができた体験によって、ダイエット以外の物事へ向かう姿勢も大きく変わった。趣味や仕事や恋愛や家族との関わりまで。リバウンドしないという自信を手に入れるということはそれくらい人生を大きく変える可能性がある。
脳は常に変化しており「記憶が変わる、習慣が変わる」というのは「脳の物理的な変化」だということを理解してもらえたらと思います。次回以降は、その脳の変化は「人のつながりや安心感や好奇心によって支えられている」ということをお伝えしていきます。